こんにちは、ヨーコです。


義母のテレッサを、介護するようになるとは、全く想像していませんでした。

自宅に1人で暮らしていたテレッサは、社交的で、とても元気な人でした。

去年(2020年)になってから、体重も減り、調子が悪そうでしたが、

こんなにも、あっという間に寝たきりななってしまうなどとは、

思ってもいませんでした。



スポンサーリンク



通過・滞在許可の申請

義母が、末期癌のため、余命2週間〜2ヶ月と言われたのが、1月22日。

私たちが(夫がすべてしてくれましたが)、最初にしなくてはならなかったのは、

義母の住むプリンスエドワード島と、そこに行くために通過しなくてはならない

ニューブランズウィック州から、通過・滞在の許可を得ることでした。


理由としては、親の緩和ケアのため、ということなので、

許可は得られるはずなのは、わかっていましたが、

問題はいつ、その許可が得られるかということでした。


余命2週間が本当だったら、1日も、早く、行きたい。

プリンスエドワード島への申し込みは、オンラインでしました。

ここでは、テレッサのドクターからの手紙が必要でした。

具体的にはは、ドクターから、

「テレッサは、癌の最後のステージにあります。」という由が、書かれている手紙です。


ニューブランズウィック州への申し込みは、オンラインもあるのですが、

私たちは、電話で申し込みました。

荷造り



月曜日(1月25日)に、許可が降りるであろうことを、想定して、

私たちは、荷造りを開始。

滞在期間は、テレッサの余命、2週間〜2ヶ月。滞在先は、テレッサの家。

テレッサの健康状態もわからなかったので、

当初は、介護をするために行く、という気持ちはありませんでした。


慌ただしく、自主隔離に必要な物を揃えました。

  • 家着と下着類
  • ジム用のアイテムが入ったバッグ
  • リモートワークに必要な物(ノートパソコン等)
  • 化粧品、コンタクト、メガネ等
  • ポータブルストーブ、料理器具等(隔離中は、基本的にはテレッサのキッチンは使ってはいけない)
  • 食糧
  • 喪服(悲しいことですが)
  • スポンサーリンク



    プリンスエドワード島へ出発



    午前中は、仕事をしていていましたが、午後は、許可が下りるであろうことを予測して、

    (2週間の自己隔離中は買い物ができないので)食糧を調達しながら、

    高速に向かおうということになりました。


    実際は、スーパーに着く前に、メールで許可が下りたことを知り、

    すぐさまプリンスエドワード島に向かいました。通常4時間くらいかかるところです。

    許可の申請が必要だったにもかかわらず、ニューブランズウィック州には

    許可証をチェックする場所などが設けられてはおらず、そのまま通過。

    コロナ、陰性



    プリンスエドワード島へと通じる、

    コンレデレーション橋(12キロ以上)を渡ったところで、

    検問所(?)があり、私たちの情報がチェックされました。

    ここでは、免許証を見せ、情報を照合し、無事通過しました。

    次に、到着次第、PCR検査をすることが義務付けられているために、病院へ直行です。


    到着する時間が微妙だったので、事前に連絡して、

    営業時間を確認し、遅く到着する由を連絡しておきました。


    実際に病院に着いたのは、7時ごろでした。

    テストはすぐに受けられ、結果は、30分〜2時間かかるということでした。

    それまでは、テレッサの家にはいけません。

    夕食時だったので、ピッツァをテイクアウトしに行きました。

    自主隔離なので、電話でオーダーし、

    ピッツァの受け渡しは、店の前のパティオで。


    本来なら、病院の近くで結果待ちをするのでしょうが、

    私たちは、結果を待たずに、テレッサのいる、Tenmilehouseへ向かいました。

    多分、結果は陰性なので、行けるところまで行ってしまおうということです。


    Tenmilehouseに到着しましたが、病院からの連絡はまだなので、

    車の中で、ピッツァを食べました。

    結局結果がわかったのは、9時半頃です。

    ようやく、テレッサの家に入ることができました。


    この日から、自己隔離が始まったのです。

    スポンサーリンク