こんにちは、ヨーコです。


短い間でしたが、義母のテレッサ(81歳)を看護し、看取りました。

1月22(金)に2週間から2か月の余命と言われ、1か月後の2月25日に、息を引き取りました。



余命宣告から3日経過

私たち夫婦はテレッサが余命を宣告されてからすぐに、

彼女の住むプリンスエドワード島に行きました。1月25日のことです。


テレッサが、2週間から2か月と余命を宣告されたときは、

信じられない気持ちでいました。

なんだかんだ言って、もっと長く生きるんではないか、と思っていました。


最後に会ったのが、去年の感謝祭の時なので、2020年の10月の初旬。

その頃は、かなり痩せてしまっていましたが、普通のテレッサで、

そんなに調子が悪い感じではありませんでした。


25日の夜にテレッサの家に到着したのですが、

それでも、普通に出迎えてくれるのではと、思っていました。

しかし、彼女は、ベッドからおきられない状態でした。


テレッサの妹のダイアンによると、1月22日(金)に、病院でその知らせを受けるまでは、

弱々しくも、自分で動くことができました。

余命宣告から4日経過

その知らせを果敢に受け止めたようですが、ショックだったのでしょう。


次に日は(1月26日)、なんとか、ウォーカーを使って、トイレに行くことができました。

しかし、自力でトイレに行けたのは、この日が最後でした。

この後は、ずっと寝たきりとなってしまいました。


しばらくの間は、通常の下着を着用。

用を足したい時に、呼んでもらい、Bedpanという、

プラスチックの病人用の便器を体の下にあてがい、用を足してもらいました。


しばらくして、彼女の要望で、パッド(ライナー?)を

下着と一緒に使用していました。


そして、そのうちに、私が下の世話をしていると知った義妹が、おむつを用意。

おむつの使用が始まりました。


ただ、大便の際は、Bedpanを使ってもらったほうが、処理が楽だったので、

最初は、便意を感じた時に声をかけてもらい、Bedpanを使っていました。



食欲はあまりないのですが、食べるかどうかを聞くと、たいていは、「少しだけ」

ということで、私たちが食べる食事を小さなお皿から食べていました。

本当に、少ない量です。そして、さらに痩せていってしまいました。


水や、スポーツドリンクをベッドサイドのテーブルに用意し、

飲みたい時に、自分で飲んでいました。


私たちが来てすぐに、病院用のベッドが届きました。

リモコンで、体を起こしたりできるようなベッドです。

リモコンの操作は、自分でできました。



このころは、モルフィネの錠剤を一日に2回ほど。

これは、原因不明の咳や、息切れによる不快感を抑えるのが目的でした。


おきている時は、普通に会話ができました。

こんな風になってしまうなんて(人のお世話になるということだと思います)

思いもしていなかったと、何度も謝られました。


この頃は、余命を知った親戚や友人たちが訪れ、

かなり、賑やかでした。

モルフィネを服用していたので、眠っていることが多かったのですが、

来客を嫌がるそぶりを見せませんでした。

余命宣告から3週間経過

2月12日に、突然の嘔吐。


そばにいなかったら、もしかして、のどを詰まらせていたかもしれません。

看護師に連絡し、すぐ来てもらいました。


嘔吐は、4~5日お通じがなかったことと関係があったようです。

マッサージで、お通じをうながし、出すものは出してもらいまいた。


この日を境に、モルフィネは錠剤ではなく、

翼状針(こちらでは、butterflyと呼んでいました)の使用を開始。

8時間おきに、モルフィネを打ちました。


この頃は、寝ている時間が本当に多くなり、言葉もしっかり出てこなくなりました。

せん妄のように、少し混乱したり(自分がどこにいるのかわからなくなったり)、

見えるはずのないものが見えたりしていました。


食事や水分も、本人が欲しい時に、と言われていたので、

無理に与えることはしませんでした。


以前は夜になると、せき込んだり、リモコンを使って体を起こしたりしていましが、

そういうこともなくなってきました。


目や口を開けたまま眠っていることが多くなりました。

話しかけても、反応することもなくなってきました。

来客も少なくなってきました。


でも、わずかですが、呼びかけると反応することがありました。

聴覚は最後に機能しなくなる感覚だそうで、テレッサの場合もそんな感じでした。


呼吸困難(1分間に24回以上の呼吸)が、時々あり、

モルフィネを6時間に一回から、4時間に一回に、増やしました。

そのなかで、必要に応じて少量を与えてもよいということでした。

その日



2月25日、午前中に看護師さんや、担当の医師が来ていました。

もう長くはない(2週間前もそういっていましたが)、本当に長くないと言っていました。


午後は、静かで、夫が4時ころテイクアウトの夕食を取りに出かけていきました。

そのころ、呼吸が早くなり、モルフィネを与えたほうがいいのでは、と思い始めました。

時々呼吸が止まり、しばらくすると、プハーっと吹き返すようなことを、

繰り返しました。


看護婦さんから、死の直前はこのようになると、聞いていたので、

夫に電話をし、すぐに帰るように言いました。


家には私とテレッサの二人きり。私はテレッサの手の握っていました。

そして、気が付くと、テレッサの息が完全に止まっていました。